日本一高い山に近接し、湾の深さ日本一の駿河湾が、海底渓谷をつくっている。当初、駿河湾と相模湾は本州の南に横たわるひと続きの
舟状海盆であったものが、50万年前頃、フィリピン海プレートに乗って南方からやってきた伊豆島(いまは半島)が本州に到達して、両者を2つの湾に分けた。伊豆半島を乗せたフィリピン海プレートは、北西方向に沈み込もうとしていることで駿河湾の幅を狭め、かつ駿河湾東岸の大
陸棚の水深を平均的水深よりも数10m深くし、150-180mとしている。一方、御前埼から駿河湾西岸にかけては、平均水深より数10m浅くなっている。安政東海地震(1854)は、駿河湾内のプレート境界を含めた海域で起きたと考えられている。